長崎キャンプツーリング (8月11日〜14日)
1日目
昨晩、いろいろとキャンプのための準備に忙しく、
結局寝たのが12時になってしまった。
で、起きたのが4時。
(-_ゞ ゴシゴシ
ウゥ・・・ もう朝か・・・・
何故か、早めに目が覚めてしまった。
('-'*)フフ
やはり嬉しくて目が早く覚めてしまうのね。
でも、出発予定時間の5時まで時間があったので
長崎の情報を得るためにネットサーフィンしてしまった。
ヾ(・・;)ォィォィ
それなら早めに出発すればぁ??
しかし、4時、5時はまだ外も真っ暗。
いつもはうるさい団地も早朝は静まりかえっている。
5時になったので、静まり返っている団地の駐車場で、
僕は荷物を積み込んで出かける用意をした。
今日の天気は曇り。
しかし、今週は雨も予想されているようでして・・・、
ツーリング中、雨に降られても良いように
ゴミ袋でボストンバックを包み、
サイドバックには防水スプレーを施して
中にはビニール袋を入れて荷物が雨で濡れないように
しっかりと防水対策を施した。
これが、今回の装備だ。
かなり大荷物のようにみえるね。
さて、ドキドキワクワクしながら出発となった。
今日の予定は長島からフェリーに乗って牛深へ渡り
天草を堪能して、島原へフェリーで渡り
島原あたりでテントを張るよてい。
さ、どこの道を通ろうか。
やはり、以前、出水ツーリングで行った道が最短かな。
と言うことで、霧島方面へ向かい、大口市から出水へと向かうコースを選んだ。
しかし、山道とあってすごい寒い。
今日は下着、Tシャツ、ジャンバーの3枚着込んでいるのに、寒い寒い。
しかも手袋とマフラーが必要なくらいだ。
もう8月よ。
8月なのにTシャツ一枚で過ごせないなんて
こりゃ、異常気象だな。
太陽が出れば、少しはましになるかも。。。と思いつつも
一向に太陽が出てくる気配はない。
日の出は何時だ?
天気の良い日は6時前頃から太陽が顔をだすのに
なんで今日は顔を出さないんだ?
ブルブル震えながら出水へ着いた。
都城から出水まで113km。
ホームセンター「ナフコ」が見えたので
手袋を買おうかと寄ったのだが
まだ開店していなかった。
おかしいなぁ。
都城のナフコは7:30には開いているのに・・・。
ま、寒いのは我慢しよう。
さて、天草へ渡る前に、ここで一回目の給油をしておこう。
どうせ島ではガソリンの値段も高いだろうし・・・と、セルフスタンドへ寄ってみた。
バイクの燃料タンクも、もう空に近いかな?と思っていたが
なんと給油は4リットルしか入らず、このバイク買って以来の高燃費を叩き出した。
なんと1リッターあたり28.54km。
2stにしては上出来だ。(^-^)
さて、出水市を抜け、黒之瀬戸大橋(長島大橋)を渡り、長島に着いた。
長島へやってくると、だいぶ寒さも和らぎ、走りやすくなってきた。
暖かくなってきたのは、やはり海辺に出てきたからだろうなぁ。
お!これだと快適なキャンプツーリングができるな。(-_☆)キラリ
都城から走りっぱなしだったので、ちょっと休憩するために「道の駅長島」へ。
携帯を見ると、メールが入っていた。
誰だろう?
あ、koki先生だ。
いつもフレンドリーなんだよなぁ。
キャンプツーリング初日に一番のりでメールくれるなんて。。。
続けて広村さんからもメールが。。。
おぉ〜〜、広村さんも覚えてくれたのね。
気遣ってくれて嬉しい限りじゃないですか。``r(^^;)ポリポリ
早速メールの返事を。
メールを打ち終え、道の駅で写真を一枚。
向こうに見えるのは東シナ海。
海はすごい凪で心地よい風が吹いていました。
さて、休憩はそろそろ終わりにして、早速、天草へ渡る準備を!
長島から天草の牛深市にある牛深港へ渡るには
蔵之元港から天草鹿児島国道フェリーに乗らなければならない。
道の駅から3kmくら走ったでしょうか、フェリー乗り場に来ると、
フェリー乗り場の係りの方が手招きをしていた。
ん?何だろう?
「もうすぐ出航するから、バイクを車の先頭に並べてチケット買ってきて」 (係員)
「え?もうですか。。。」 (僕)
「9時00分に出るから、早くして。」(係員)
時計を見ると8時50分を指している。
おぉ、もうすぐじゃん。
1時間に一本のフェリーなのに
待ち時間なしで乗れるなんて
なんて良いタイミングなんだ。(-_☆)キラリ
僕はホント言うと、出航時間を全然知らなかったのだ。
早速、バイクを止めて、チケットを買いに走った。
でも、125ccってどうやって買えば良いんだ?
車だったら車検証を見せ、手続きをするんだけど
125ccって?
あれ?
桜島フェリーは口答で料金所に申告するだけなのに
ここは料金所じゃない。
事務所でチケットって???
あれ?
うーーん、わかんない。``r(^^;)ポリポリ
とまどっていると係員が後ろから叫んだ。
「125ccだ!って言えば良いから・・・」 (係員)
なんだ、そうなんだ。
それならそうと初めから言えば良いじゃん。
もう〜〜 冷や汗かいちゃった・・・ (^^ゞ
チケットを買って係員に渡すと、すぐに乗船となった。
チケット代、原付2種で1090円。
750cc以下でも同じ値段らしい。
ちょっと高いような気がするんだけど、仕方ないか・・・。
バイクをしっかりと固定するのを確認して
船の最上階デッキへと上って、クルージングを堪能した。
そうそう、この天草鹿児島国道フェリーの時刻表って
インターネットの何処を探してもないので
これから乗られる方のために時刻表を書いておきますね。
7:00、8:00、9:00、10:00、11:00、11:40
13:00、14:00、15:00、16:00、17:00、18:00、19:00
これは長島、牛深ともに同時刻出航となるようです。
さて、牛深港が近づくと、通天橋(牛深ハイヤ大橋)がフェリーからよく見える。
名前のごとく天に通じるかと思うほど、それはそれは高い所に作られている。
僕はこの橋を渡ることは無かったが、バイクで渡るにはちょっと勇気がいるかもしれません。
それほど大きな橋でした。
さて牛深港に着いたので、皆、下船を始めた。
僕はバイクなので、下船は最後らしい。
しかし、一向に僕のバイクの所に係員が来ない。
バイクはしっかりとロープに繋がれたまま。
もう車が全部出払う頃に係員がやってきて
「ごめん、ごめん」 (^^ゞ
と、ロープをほどいてくれた。
お!これで天草上陸かぁ。。。
と下船をしようとしたところ、、、、
なんと
フェリーの降り口にロープが張られていた。
・・・ (゜O゜;)
ヾ(・・;)ォィォィ
僕は降りれないのかよぉ。。。
アクセルを拭かして僕の存在をアピールすると
港の係りの方が頭を抱えて走ってきた。
「ごめんーー」 (係員)
そう言うと、係員の方はロープを解いて
僕を通してくれた。
「いえいえ、いいんですよ。(苦笑い)」 (僕)
と手を振りながら下船する僕。
しかしまぁ、こういう事があって良い物か・・・と
首を傾げてしまう出来事だった。
さてさて、牛深市内に入ると
港町だけあって、なんとなく活気があった。
特におばちゃん達は、我が物顔で道路を横断するほど。
ま、道も狭いので、飛ばす車もないから良いんですがね。。。
この牛深市でよく目に付いたのが
お坊さんの姿。
お盆が近いせいなのか、牛深市内を走っただけでも
4人のお坊さんを見てしまった。
しかも袈裟を着たお坊さん。
あの袈裟って、
夜に着ても「けさ」って言うんだよね。
``r(^^;)ポリポリ
という、つまらない事を考えつつ牛深を後にした。
天草での見所は何と言っても、崎津天主堂、大江天主堂ですよね。
そこで国道266号線を北へ向かった。
港から約20kmほど走ったところから
国道389号線へと変わるのだが
海沿いをしばらく走ると、崎津天主堂にたどり着いた。
駐車場は観光客のためにきちんと用意されていて
「地元の方はご遠慮ください」と書いてある。
ほぅ。。。すごいじゃん。
しかも無料で。
なんという暖かいお迎え。
かたじけない。。。m(__)m
バイクを止めて、歩いて1分の所に
崎津天主堂はあった。
かなり古めかしい教会のように見えますね。
ここは教会では珍しい畳敷きの教会なんですよ。
さ、早速中へ・・・・
ガチャガチャガチャ・・・
あれ?鍵がかかっている。。。
教会のドアのノブの所に
「月曜日はお休みです」と書いてある紙がぶら下がっていた。
(・_。)ズリッ
そ、そんな、ばかな。。。
あ、でも良く考えると、僕も月曜日がお休み。
そうか。。。神父さんの休日って、牧師さんと変わらないのね。
``r(^^;)ポリポリ
同業者なのに気が付きませんでした。(^^ゞ
教会の由来が書いてあったので写真を撮ってみました。
ちょっと読みにくいかもしれませんがご了承くださいませ。
ということで古めかしいように見える教会は
なんと約450年前に建てられた物なんですね。
しかも今でも毎日400名の信者さんが「祈りの家」として使用しているとは・・・。
すごいなぁ。
僕の教会も、由緒ある教会に成長出来るように励もうかなぁ。
あ、でもバイクにばっかり乗ってるようでは駄目かな?
さて、駐車場へ戻ると観光客も増えたらしく
駐車場へ入りきれない車が溢れていた。
僕は車一台分の駐車スペースを使っていたので
駐車待ちをされている方に譲ってあげた。
その方の後ろには、原付バイクが2台連なっていた。
車のスペースは確保出来たが
原付は何処に止めようか・・・。
と車の運転手と原付バイクの運転手がしきりに声を掛け合っている。
あれ?車と原付の方ってどういう関係?
さて、僕は他の場所にバイクを止めて
チャペルの鐘展望公園まで上ってみることにした。
チャペルの鐘展望公園入り口の所には案内板がありまして
見てみたところ、歩いて行くしか方法はなく
階段はなんと500段あるという。
地元の方に何分かかるか聞いてみると
20分ぐらいで着くという。
それなら大丈夫だろう。
と、商店で500mlのポカリスエットを買い
階段をテクテクと上っていくことにした。
しかしながら、チャペルの鐘を見に行くために
何故か神社の鳥居をくぐり、境内の横を通らねばならない。
ヾ(・・;)ォィォィ
これって本当にキリスト教信仰の町が作ったものなの?
チャペルの鐘を見に行くのに、鳥居をくぐらせるとは・・・
僕に言わせれば、鳥居をくぐるのは現代版踏み絵のようだよ。
ま、それは良いとして・・・階段を上がっていくと、その途中に
なんとまた鳥居をくぐらねばならぬ。
この山の上に金比羅宮があるという。
そのための鳥居らしい。
ヾ(・・;)ォィォィ マジかよ。。。
チャペルの鐘を見に行くのに
神社の境内と言い、金比羅宮といい、なんか抱き合わせ商法か、
宗教をごちゃ混ぜしてしまっているように感じてならない。
ま、そんなに僕がムキになっても何も始まらないので
笑顔で写真を撮ってみました。
かなり小さな鳥居でしょ。
背の高い人は頭を下げて通らなければならないほどだ。
ま、僕は背が低いので楽々通れましたけどね。
さて、ハーハー言いながら頂上へ着くと
それはそれは大きな十字架のモニュメントが立っていた。
おおーーー、これはすごい大きな十字架だ。
この中に鐘があって、10時、12時、15時、17時と鳴るようになっているらしい。
僕が上がってきたのが11時だったので、あと1時間待たなければならないらしい。
ま、きっとお寺の鐘のごとくゴーン、ゴーンと音がするのでしょうね。(^^ゞ
さてさて、ここまで上ってきて、結構汗もかいたので、
先ほど買ったポカリスエットをポケットから取り出して
一気に飲んでしまった。
いやーー500段もありますので
ここへ上られる方は、登り口前にあります商店で
ジュースを買って行った方がいいですよ。
相当体力を消耗しますから・・・。
見る物も見たんで、ちょっくら眺めを楽しむ僕。
チャペルの鐘展望公園から先ほどの崎津天主堂が眼下によく見える。
この町の中では、あれが一番大きな建物ではないかなぁ・・・。
それにしても良い港町ですね。
さてさて、鐘が鳴るのを待たずに下へ降りて駐車場の方へいくと、
先ほど駐車場を譲ってあげた方がおられて、僕に話しかけて来た。
「何処から来られたんですか?」 (おじさん)
「都城からです」 (僕)
「へーー都城から1人旅ですか」 (おじさん)
「はい、そうなんですよ。
3泊4日で長崎を回る予定でして・・・、今日がその初日なんです」 (僕)
「1人旅は気楽で良いですね」 (おじさん)
「ご家族で来られているんですか」 (僕)
「ええ、原付で観光してみたいというので、
車で後ろから着いてきているんですよ」 (おじさん)
「原付の後を着いて?」 (僕)
「ええ、ゆっくりですが、熊本市内から来たんです。(苦笑い)」 (おじさん)
原付で来られたのは、若いお兄ちゃん、お姉ちゃんかと思えば
なんと60代だろうか、おばちゃん2人でした。
「す、すごいチャレンジャーですね」 (僕)
という話で盛り上がり。
でも、ホントすごいおばちゃんパワーだ。
僕は60歳になっても、ツーリングしているだろうか。
それくらいのパワーを持ちたい物だ。
さて、話も程々にして、僕は崎津天主堂を後にし、大江天主堂へと向かった。
大江天主堂は海岸を通り過ぎて、少し奥地に入ったところにあった。
駐車場は大きく、ロザリオ館と隣接していた。
まずはロザリオ館へ
ロザリオ館へのHPはこちら
このロザリオ館は、天草におけるキリシタンの歴史などを紹介してある。
入場料は320円。
中はクーラーが良く効いていて心地よかったですよ。
ロザリオ館の中は夏休みとあって、人で溢れていた。
そのロザリオ館で目を引くのがマリア観音などですね。
陳列棚に綺麗に並べてあった。
ぱっと見た感じは仏像に見えるのですが、首にロザリオが下がってたり
後ろに十字架が彫られていたり。。。で、
隠れキリシタンが、いかに信仰を守り通したのかが伺えた。
後は、パネルや映像などで、いろいろとキリシタンの歴史を見るだけなのだが
結構、勉強になりましたよ。
その中で踏み絵のパネルに目がとまりましたので
写真を撮ってみました。ちょっと読みにくいかもしれませんがご了承ください。
(^_^)3 フムフム。ナニナニ?
へーーー、、、なるほど。
地元長崎の奉行が踏み絵を最初に採用したとは。。。
初めて知りました。
しかしながら、毎年、春に踏み絵が行われていたとありますが・・・
春はキリシタン(クリスチャン)にとって最大のお祭りの時。
キリストの十字架と復活を祝う、受難週&イースター(復活祭)なのだ。
おそらく奉行は、それを意識して、春に踏み絵をさせたのではないかと感じてしまった。
うーーん、長崎の奉行は、相当キリシタン嫌いだったんですね。
さて、ロザリオ館を見たので、早速大江天主堂の方へ歩いて行った。
大江天主堂はロザリオ館から歩いて2分くらいの所の丘のにある。
テクテクと歩いていくと、白いチャペルが見えてくる。
これが大江天主堂だ。
この大江天主堂は、昭和8年に完成したもの。
明治18年に来日し、昭和16年82歳で亡くなるまで天草で
布教活動に専念したガニエル神父が私費を投じて建てた物らしいです。
天主堂の由来が掲げてあったので写真を撮ってみました。
なるほど・・・
ガニエル神父って北原白秋が会いたいと思うほどの人物だったんですね。
すごいなぁ。
さて、中へ入って見学しますか。。。
ガチャガチャガチャ・・・
あれ?
なに?
ここも?
(・_。)ズリッ
そ、そんな、ばかな。。。
でも、そう、これが現実みたい・・・(×_×;)シュン
と言うことで、この大江天主堂も月曜日はお休みでした。
ハハハ・・・(苦笑い)
もう笑うしかないっすよ。``r(^^;)ポリポリ
と言うことで、大天主堂を後にし、国道389号線を北へ走り
富岡城跡地へと向かった。
途中、富岡キリシタン供養塔と言うのがあったので
寄り道してみました。
その供養塔というのがこれです。
これは天保4年に建てられたものらしく、
天草の乱のキリシタンの首を葬った石碑。
石碑の最上部には仏教の功徳を表す言葉が書かれているみたいです。
しかしながら、僕は思うんだけど、
キリシタン(クリスチャン)には供養という事は必要ないのね。
供養というのは死後の幸せを願うことを供養と言うのだが
キリシタンはパラダイス(天国)に迎えられるという
信仰をもって殉教していったので、供養されなくても良い場所(天国)にいる。
だから供養される必要はないのだ。
この供養塔はまさしく仏教の思想の上に建てられた物にすぎないみたいです。
「キリシタンを迫害したのは、まさしく私たちです。供養するから呪わないでね。」と
言わんばかりの供養塔のような気がしました。
歴史的に貴重な物なのかもしれませんが
僕は牧師として、この供養塔はあまり好きじゃないですなぁ。 (-。-) ボソッ・・・
じゃ、行かなければいいじゃんって? ``r(^^;)ポリポリ
そ、そうですね。 (^^ゞ
さて、富岡城跡へ行ってみると、丘の上に土台がちょこっと顔を出しているのが見えた。
へーぇ、あんな所に上るのか。。。
道なりに進むと、この富岡城の丘をぐるっと一周するかのように道が続いている。
が、只今資料館を建設中で、城跡まで通行止めで
車で行くことが出来ないようになっていた。
バイクも駄目なのかな・・・ (~_~;)
それで、徒歩で上ってみることに・・・。
徒歩で上っていくと、富岡城から、こんな眺めを楽しむことができた。
この富岡城は天草の乱で落城をしなかったところらしいのです。
その富岡城の由来が書いてありましたので、写真に収めてみました。
なるほどね。
でも、それにしてもすごいですよね。
自分が使っていた城を破却して去るとは・・・。
「飛ぶ鳥、跡を濁さず」と言うけれど、
戸田氏は鳥だったのだろうか? (-。-) ボソッ
さて富岡城は資料館の建設中で、他に見る物がなかったので
天草に別れを告げて、島原へ渡ることにした。
天草から島原へ渡るには、天草の鬼池港から島鉄フェリーに乗らなければならない。
早速、フェリー乗り場へと行ってみた。
鬼池港に着くと、係員が
「もう出航しますから早くチケットを買ってください」
という。
え?また? (?_?)え?
僕は出航時間を知らないまま鬼池港に来ているので、
着いたとたんそんな風に言われても、ちょっととまどってしまう僕。
本来ならば、お土産やさんを見たり、出航時間をメモったり、
出航前の余韻を楽しみたかったに、ここでもそれが出来ないとは・・・。
ま、ラッキーと言えばラッキーな出来事なのだが
でも2回も続けて同じ事があると、ラッキーと言うより
ちょっと待ってよ。。。という感じだった。
係員曰く
「事務所で排気量を申告するだけで良いから・・・」 (係員)
フェリーの中を見ると、もう車の乗船が済み、出航準備完了だったみたいだ。
「次の便は何時なんですか?」 (僕)
「次の便は14:15分だよ。
次のに乗るには1時間待たなければならないから、
これに乗ればいいんじゃない?」 (係員)
そ、そうですよね。``r(^^;)ポリポリ
それで、事務所でチケットを買って、フェリーへと乗り込んだ。
島鉄フェリー820円。
30分で島原へ着くようです。
乗船するとすぐ出航となった。
フェリー自体、何となく振動が大きい。
おそらく海流があるため、全力疾走しているのかもしれない。
甲板から外を見ると、蛇行しながら走ってるのがよく分かった。
やはり、海流に流されないようにがんばって走行しているようだった。
30分ほどで島原へ着いた。
最後に遅れて入ってきた僕は、当然、一番最後に下船。
今回は取り残されることはなかったですよ。(^^ゞ
下船すると早速、原城へと向かった。
原城は島原の乱で天草四郎が立てこもった所だ。
どんなところなのか楽しみだ。
ガイドブックには石垣のみと記されているが・・・。
原城へ着くと、城はなく、ガイドブック通り石垣が残るのみだったが
そこには天草四郎の銅像が立っていた。
16歳の少年、天草四郎。
16歳の少年が農民3万7千人を率いて島原の乱を起こしたのだが・・・
これってすごいよね。
16歳って言ったら、まだ高校生。
その高校生がおそれ多くも徳川幕府を相手に戦いを挑むなんて、すごすぎる。
鎖国の確立を決定的にしたのがこの島原の乱なのだが
いわゆる世界の流れを変えたきっかけを作ったということだよね。
しかし、彼が現代に存在する人だったら
いったい何をし、何を考えたのだろうか?
やはり耳にピアスをし、親から小遣いをねだり、携帯でしゃべりまくるのだろうか。
それとも、現代の世直しのために立ち上がったのだろうか?
でもなぁ、いくら1人のカリスマ高校生が内閣総理大臣小泉純一郎氏に立ち向かっても
「抵抗勢力」という言葉で片づけられて、相手にされないだろうなぁ。。。(-。-)
ボソッ
うーーーん、彼は現代に生きていたら何をしたんだろう。
僕はこの天草四郎の銅像を前にいろいろと考え込んでしまった。
さて、この原城には大きな十字架が立っている広場がある。
といっても広場しかないんですが・・・。
でも、ここで農民3万7千人が死んでいったことを考えると
なんともいたたまれない気持ちになってしまった。
”苛政に始まり、迫害に終わった” といわれる島原の乱。
島原の乱で誰が勝ったのか。
もちろん幕府が勝ったのだが、終わり方が「迫害に終わった」と言われるならば
この戦いはなんだったのか、と真剣に考えるに値する事ではないかと思う。
さて、この原城はまだまだ発掘作業の途中らしく
あちらこちらに青いビニールシートが掛けられていて、至る所立ち入り禁止区域となっていた。
こんなに広い所、いつになったら発掘作業がおわるんでしょうね。
マジで、すごい広いよ。
原城を見学できたので、次の目的地「道の駅、みずなし本陣ふかえ」に行ってみることにした。
道の駅みずなし本陣ふかえに何があるかと言うと
普賢岳の噴火により火砕流が発生し、
多くの家屋が飲み込まれたのはご存じの事と思いますが
その家屋がそのまま保存されているのだ。
それがこれ。
すごいですよね。
火砕流が1階の屋根の部分まで来ているとは・・・。
風化しないようにドーム型の屋根に覆われているので
雨の日でも安心して見られるんですが
火砕流が発生した、その当時は安心どころか、
地獄のような日々では無かったかとおもう。
しかしながら残念に思うのは
この保存しなければならない家屋に賽銭が投げ込まれていることだ。
何処ででも賽銭を投げる日本人の奇妙とも思える行動も、
少しは理解出来るのだが
思いっきり賽銭を投げる人もいるらしく
ガラスが割れたり、家屋に傷が付いたりしてて
何のための保存家屋か分からないようになっていた。
同情するなら金をくれ!
とのドラマの台詞は有名だが
この保存家屋と、ここに住んでおられた方々に同情されるのでしたら
小銭ではなく、寄付をしなきゃ!
なんで、賽銭を投げて、傷つけるようなことするかなぁ〜〜と、残念に思えてならない。
さて、今日まだ食事にありついていない。
なぜなら、今日の食事は島原の具雑煮にしようと決めていたからだ。
島原と言えば「そうめん」をイメージされるかもしれませんが
島原でそうめんを食べさせてくれる所ってあまりないんですね。
ほとんどのお店が「具雑煮」と言う看板メニューをあげているのだ。
具雑煮と言うのは天草四郎が保存食として食べていたと
言われているらしく、有名だとか。
この道の駅「みずなし本陣ふかえ」では
普賢岳火砕流の被害者の方々が運営しているらしく
お買い物は、是非、道の駅で・・・とアナウンスがされていたので
今日のお食事は道の駅で食べることにした。
賽銭は投げないで、やはり食事とか買い物をしようね。
食堂に入ってみると、具雑煮のメニューがあったので
頼んでみることにした。
出てきた物がこれ。
具雑煮1300円。なかなかボリュームのありそうなご馳走だ。
いただきまーす。
ふむふむ・・・
なかなか、いけますなぁ。
具雑煮の味は。。。と言いますと
薄口しょうゆをベースにした薄味系です。
具雑煮は13種類の具が入っていると言うが
中は白菜がてんこ盛り状態で、
他の具は申し訳なさそうにのってる感じだった。
でも、美味しかったですよ。
欲を言えば、ご飯のおかわりが欲しかったなぁ。(^^ゞ
さて、お腹も一杯になったので外に出てみますと、
かすかに普賢岳が見えそうで・・・
結局なにも見えなかった。``r(^^;)ポリポリ
ま、こんな天気だしな。仕方がないか。
写真を撮り終え、駐車場のほうに戻ると
おばちゃんがスクーターにエンジンを掛けようと
必死にセルを回しているのが見えた。
次第にセルも回らなくなり、バッテリーも死んでしまったようだった。
みずなし本陣ふかえの従業員も駆けつけて
スクーターを見てあげているが、どうもエンジンが掛からないらしい。
そこで話しかけてみました。
「キックでも掛かりませんか」 (僕)
「ええ、バッテリーは死んだし、キックが降りないんですよ」 (従業員&おばちゃん)
「キックが降りないんですか。それはエンジンが焼き付いてますね」 (僕)
「うーーん、私もそうだと思うんですが。。。」 (従業員)
「エンジンが焼き付いたらキック降りないのは
僕も経験したことあるんですよ」 (僕)
「修理にいくらくらいかかりますかね」 (おばちゃん)
「えっと、僕の時で76000円でしたよ」 (僕)
「そんなにするの?それって都会の話でしょ?」 (おばんちゃん)
「いいえ。宮崎の話ですから、ここも一緒くらいでしょうね。」 (僕)
「そんなんだったら、もう一台スクーターが買えるじゃない」 (おばちゃん)
「ははは・・・そうですよね・・・(苦笑い)」 (僕)
ということで結局近くのバイクやさんに来てもらうことにした。
さて、僕も出発しますか。
まずは島原市内観光。
と言っても、島原&長崎&平戸は7年前に3泊4日の旅行で来たことがあるので
そのときに行ったことの無い場所に行ってみることにした。
まずは武家屋敷。
武家屋敷は知覧とかが有名なので、
ま、そんなに期待するほどではないかな?と思ったのですが
消極的な期待とは裏腹に、なかなか良い武家屋敷が広がっていた。
屋敷そのものは知覧の方が良いかもしれませんが、
この路地は島原の方が風情があって良いですね。
近くにいた観光客のおじさんに写真を一枚撮ってもらいました。
ね、なかなか良いでしょ。
1kmくらい路地がまっすぐ続いているので、散歩がてら回るのも良いかもしれませね。
さて、次は「鯉のすむまち」へ行ってみた。
鯉のすむまちは、水が綺麗で、泳ぐ鯉も気持ちよさそうでした。
「鯉のすむまち」だけに「恋が芽生えないかな?」とちょっと期待したのですが
生憎、この所では
髭面の僕に声を掛けてくれる人はおらず、僕が声を掛けるような人もいませんでした。
``r(^^;)ポリポリ
うーーーん、もう、鯉に恋するしかないなぁ。
さて、鯉の住む町を見終わった頃、雨がパラパラと降り出した。
お、これはヤバイなぁ。
雨宿りをしながら、ちょっと考え込んでしまった。
もう5時を過ぎているからなぁ。。。。
これからテントを張る場所、温泉を見つけないといけない。
どうしよう。 (-。-) ボソッ
ま、何とかなるかな。
そこで小降りになった頃を見計らって、まずはガソリンスタンドへ。
対応してくれたのが、かわいい女の子だった。(*^。^*)
「旅をされているんですか」 (女の子)
「ええ、長崎一周をしようと思いまして」 (僕)
「格好いいですね」 (女の子)
「いやいや。。。それほどでも (笑い)」 (僕)
「もう日本一周とかされたんですか」 (女の子)
「いつかしてみたいんですけど、まだ南九州制覇が精一杯ですね」 (僕)
「でも、格好いいなぁ」 (女の子)
ん??女の子は「格好いい」と言っているけど
「僕」が格好いいと言っているのかな?
それとも「旅行する精神」が格好いいと言っているのかな?
うーーん、どっちだろ? (・_・?)
ま、僕が格好いいと言うことにしときましょう。
うんうん、そうしておきましょう。
もしかして僕に惚れた?
ま、まさかでしょ。``r(^^;)ポリポリ
さて、ガソリンスタンドで温泉に入れる所を紹介してもらったので
早速そこへ行ってみることにした。
ガソリンスタンドを出るとき、女の子は「気を付けてね」と手を振ってくれた。
おーーーぉ。
すげーーぇ。
こんなガソリンスタンドだったら毎日でも来てみたいですね。``r(^^;)ポリポリ
紹介してもらった温泉は「島原かんぽの宿」。
ガソリンスタンドの目の前でした。
中に入ってフロントのおじちゃんに「お風呂入れますか?」と聞くと
フロントのおじさんは「良いですよ。」という。
しかし、フロントの所には「日帰り入浴は5時まで」とある。
でも、もう6時。
大丈夫なのだろうか?
ま、この不況なので、時間外でも「来る物は拒まず」なのかな。
さて、温泉は。。。というと重炭酸土類泉という泉質。
お風呂の中は小さな浴槽が2つ。
露天風呂もサウナも無かったが、疲れてきてる僕にとっては
お風呂に入れるだけ天国のようだった。
入浴料500円。ちょっと高めかな。
お風呂から上がり、バイクのほうに行くと
地元のおじちゃんが話しかけてきた。
「何処から来なさったと」 (おじちゃん)
「都城からです」 (僕)
「都城ね。で、今日はこれからかんぽの宿に泊まるの?」 (おじちゃん)
「いや、野宿です」 (僕)
「それなら、家に泊まっていかんね。酒もたくさんあるよ」 (おじちゃん)
「いやーーーぁ、朝5時からウロウロする予定だから
ご迷惑になりますので。。。」 (僕)
「そうね。がんばってよ」 (おじちゃん)
と言うことで、暖かい地元の方の心遣いに遠慮して
近くにあった運動公園に行ってみた。
運動公園の裏手の方にテントを張るに丁度良い場所があったので
今日はそこに泊まることに。
テントを張った場所は、屋根付きの休憩所。
ベンチで囲まれているので、風もそれほど吹いてこないみたいだ。
テントを張っていると蚊がブンブン飛んできてあちこちを刺す。
ヾ(・・;)ォィォィ 今テント張り中だから、血吸うの後にして・・・。
テントを張ってすぐさま中に転がり込んだ。
持ってきていた電池式のノーマットを付けて、蚊を虐待。
ほ、これでゆっくり寝られるわ。
ところが・・・・。
テントの中はうだるような暑さ。
汗がダラダラと垂れてきて、寝るような雰囲気じゃない。
もう、このテントって、どうやって寝るんじゃ。
それで入り口の所を少し開けて、風が通るようにしたら
やっと心地よくなった。
ほ、これでゆっくり寝られるわ。
おやすみ
(__)。。ooOZZZZ
(-_ゞゴシゴシ
ん?? もう朝か?
なんと、2時間後に目が覚めてしまった。
なんだ、まだ10時かぁ。
テント生活に慣れてないせいもあって、熟睡できないようだ。
しかも、大雨が降ってきて、テントにも打ち付けるようになってきた。
これじゃ寝れないなぁ。
と思いつつ、コックリコックリ・・・。
2時間後・・・・
(-_ゞゴシゴシ
ん?? もう朝か?
まだ12時じゃん。。。
これの繰り返し。``r(^^;)ポリポリ
夜中の2時頃、車の音でまた目が覚めた。
実はテントの後ろには公園を一周できるような道があって
そこをジープがウロウロしているのだ。
ヾ(・・;)ォィォィ
もう2時だよ。
良い子は早く帰って寝なさい。
雨が降っているからか、水たまりの水をかき分けて走る車の音が耳障りでならない。
しばらくすると、行ってしまった。
しかし、そのジープは、もう1周してみたかったのか、また戻ってきた。
ヾ(・・;)ォィォィ
寝れ無いじゃないか・・・。
そのジープは僕のテントに気が付いたのだろうか
テントの横に車を止めて、様子をうかがっているようだった。
息を殺す僕。
もう僕は寝てるよーー。
シーーーン・・・・・
「誰か寝てるんじゃない?」 という声と共に
ジープは去っていった。
それ以降ジープは来ることは無かったが
僕にとっては迷惑な一幕でした。
ちゃんと寝かせてぇ〜〜〜〜
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