百済の里ツーリング
今日は霧島登山が計画されていた。
しかし、夏休み最後とあって、子供達は宿題が終わっていないらしい。
こりゃー、いかん・・・ と言うことで、霧島登山は9月の土曜日に延期となった。
延期・・・と言うことは・・・・。
僕は・・・・暇・・・・。
と言うことは・・・・ツーリング、だね。(*^。^*)
と言うことで、今日はツーリングだぁ。
何処に行こうかと考えてたら、掲示板にせいじろうさんが
涼みに渓谷へ行く記事を載せていたのを思いだした。
それじゃ!僕も涼みに行きますか。
前回、高鍋ツーリングで滝を見れなかったので
それの再チャレンジ!
朝5時に起きて6時出発となった。
今回見に行く滝は、矢研の滝。
尾鈴山の麓にあるという。
前回、それを知らなかったために高鍋町どまりで引き返したのだが
矢研の滝はもっと北、都農町にあるらしい。
6時出発して、8時半に10号線の川南町仲原という交差点に着いた。
ここから県道307号線に入るのだが、
途中から、それはそれは山の中に入っていくのでは無いかと思うほど
寂しい道へと変わっていく。
ま、寂しい場所だけど、沢沿いにつたって上っていくので、
所々景色を楽しむのには良い場所がありますね。
さて、矢研の滝の入り口に来ると、そこはキャンプ場の駐車場だった。
あれ?矢研の滝は何処?
看板を見ると、キャンプ場へ歩いていき
キャンプ場から九州自然歩道を歩いて矢研の滝に行かなければならないらしい。
え?すべて歩き?
(´ヘ`;)ハァ
どうやら、そうらしい。
どれくらい時間が掛かるのかというと
キャンプ場まで歩いて5分、それから矢研の滝まで歩いて25分らしい。
往復1時間。
ヾ(・・;)ォィォィ そんなに歩くのかよ。
ねえねえ、自分って体力ある? (。・_・。)ノ
そう自分に問いかける。
しかし、ここまで来たからには引き返すわけにはいかない。
自分に「がんばろうな!」と言い聞かせ
まずはキャンプ場を目指した。
でもぉーーーまだ朝9時なので、誰も通らない。
歩いていると、トンネルがあった。
(;゜〇゜) なんだこのトンネルは・・・
ただ岩をぶち抜いてトンネルを作ったみたいで、
そのトンネルの内部は、お世辞でも綺麗とは言えない物でした。
しかも、僕1人だけなので、妙に何か出そうな雰囲気でした。(~_~;)
さて、トンネルを抜けるとキャンプ場に着いたが
キャンプ場だというのに。。。。だれもいませんでした。
(・・?)ナゼ?
まだ夏休みよぉーーー。
アウトドア派って宮崎に少ないのかなぁ。
キャンプ場を通り抜け、九州自然歩道に入ると
本当に山の中へ導かれていった。
下の方に沢があるため、ザーーーー っと、せせらぎが聞こえてくる。
せせらぎだけなら良いのだが・・・この山の中、
今までの日照不足の鬱憤をはらすかのように
蝉が鳴きまくっている。
みーーーーん、みーーーーん、みーーーーーん。
('_`)ウゥ
うるさいぞ!
もう、蝉なんか。。。
見ん、見ん、見ん。。。。
``r(^^;)ポリポリ
しばらく歩くと、渓谷らしくなってきた。
おぉ、すごい山奥って感じ。
岩がゴロゴロしている。
水は。。。おーー冷たい。
でも、こういう所って、やはり1人では危ないかな。
そう言えば、駐車場の所に矢研の滝を見物される方は
署名をするようになっていた。
渓谷だけに、警告かぁ。
``r(^^;)ポリポリ
さて、25分ほどで滝に着いた。
これがその滝。
えらい小さい滝だ。
僕はこの滝を見に来たとでも言うのか。
左側には自然歩道が続いているのだが、
この先で崖崩れが起きているため立入禁止の看板が掲げられている。
やはり、ここが矢研の滝なのですね。
ま、笑顔で写真でも撮りましょう。
写真を撮っていると、「矢研の滝へ」の標識が
なにやら変な方向を指しているのに気づいた。
しかも、この滝の横には「若葉の滝」と書いてある。
なに?
これは矢研の滝ではないんだ。
でも矢研の滝への道はどこ?
探してみるが見あたらない。
どうみても、ここが行き止まり。
しかし、この若葉の滝壺に寄ってみると
石が並べてあって、写真右手のほうに伸びている。
え?若葉の滝の沢を渡れってことなの?
そうみたいです。(~_~;)
並べてある石伝いに飛んで渡るには、足が短くても大丈夫のよう。
沢を渡ると、それはそれは細い道が奥に続いていた。
(;°°)ウッ!
これはすごい所ですね。
危険度アップ。
恐る恐る歩いていくと、そこには大きな滝が見えた。
おぉーーー、これはすごい。
ちょっと光の加減で上部が見えにくいと思いますが
それはそれは、すごい滝でした。
その落差と言い、落ちてくる水と言い、感動するほどです。
30分かけて、ここまで歩いてきた甲斐が有りますね。
この森林のなかの大きな滝というのは
なんとなく神秘的な感じがします。
何時間でもこの滝を見ていたいという思いにかられてしまった。
しかし、この撮影した場所から向こう側には
足が長くないと行けないみたいです。
岩と岩との間隔が開きすぎで足の短い僕には到底無理でした。
ま、思いっきり飛んでも良かったのですが
無理は禁物。
僕は遠くから眺めるだけ。
しばらく滝を眺めていると
顔の周りを蚊が飛ぶようになってきた。
「久しぶり、ご馳走に預からせて・・・」
と蚊もうるさく飛び回る。
えーーーい、うるさいぞおまえ。 (`ヘ´)
/
と、キャンプ場へ引き返しながら手で追い払うのですが
「せめて味見だけでも・・・ m(__)m 」と
結局、キャンプ場の近くまで蚊は着いてきた。
恐るべし蚊め。
さて、キャンプ場に着くと、
若いお兄ちゃん2人が花束を持って向こう側から歩いて来た。
キャンプ場に花束?
しかし、その花束は、死者に捧げるためのものらしく
その表情はしんみりとしたものだった。
え?だれか友達でも死んだの?
と聞くことは出来なかったが、そのようらしい。
うーーん、結構危ないんだ。(~_~;)
やはり、いつでも無理は禁物だね。
僕も気を付けよう。
さて、駐車場に戻ると、
駐車場から尾鈴山に上ることが出来る道が続いているらしい。
尾鈴山登山道入り口まで林道で、しかもダートのようだ。
こりゃ、登山をしなくても良いからダートでも楽しんで見ようと
林道に入った物の、すごいガタガタ道。
バイクの後ろに取り付けてあるBOXが暴れる暴れる。
こりゃ、BOXが壊れるな。(^^ゞ
と言うことで、林道を300mで引き返し。
うーーーん、こんな楽しい道があるのに残念だ。
やはり林道を攻める時には軽装備がよろしいみたいですね。
林道を引き返し、10号線まで出て来たのだが
時計を見ると、まだ10時半だった。
いやーーー、朝早く出てくると時間たっぷりだね。
じゃ!次は何処に行こうか。と、地図を広げると
少し北のほうに「美々津」があるという。
この美々津は昔ながらの町並みが残っているところで有名とか。
うーーん、それなら、美々津を見て。
その次はどこへ?
時間からいくと、もっと遠出が出来そうだったので
南郷村まで行ってみることにした。
では、まず美々津へ。
美々津につくと、そこは昔ながらの町並みが広がっていた。
石畳のなかなか風情がある町ですね。
こういう所を浴衣来て歩けば最高ですよね。
この辺りは江戸時代の豊後街道にあたる道筋と言われています。
ですから、ここは
国選定、日向市美々津重要伝統的建造物群保存地区
と、されているらしい。
なんか名前を読むだけでも、ひらがなが無いため漢文のように感じてしまうね。(~_~;)
でも欲を言えば電柱とか無くして、車の規制をすれば、
もっと観光地になるのでは・・・と思うほど。
でも何故か注意書きが、、、 (;゜〇゜)
と言うことで、この石敷道路は景観にあわせたものらしい。
なーーんだ、そうなんだ。
てっきり昔ながらの道を復元したのかと思っちゃった。(~_~;)
でも、きれいですよね。
この美々津のもう一つの目玉は、神武天皇が船出したところで有名とか。
ここが、神武天皇のお船出の場所らしい。
向こうに見える島が何となくその風情を感じますね。
と言っても何にも無いんですが・・・。
あるのは「神武天皇お船出の地」という看板だけなのね。``r(^^;)ポリポリ
ただ残念なのは海岸の浸食を防ぐためか
防波ブロックが積んであることですね。
もうちょっと何とかならないかなぁ。
この北の方の海岸は、きちんとした砂浜とかあるのに・・・。
さて、この美々津で一押しの建造物はこれかな。
消防団の建物だとおもうのだが、なかなか江戸時代って感じですよね。
ただレトロな消防車が入ってれば最高なんですけどね。
美々津を堪能していると
お仕事中の友達からメールが来た。
「百済の里に行くの? くだらん里にならないように・・・」
ヾ(・・;)ォィォィ、ギャグを先取り?
僕もツーリング日記で使おうと思ったのに。
ま、いいか。``r(^^;)ポリポリ
さて、美々津を後にして南郷村の方へ行ってみることにした。
南郷村へ行く途中に若山牧水の生家があったので寄ってみました。
この若山牧水の生家は、牧水の祖父、健海が建てた物だそうで
建築は1845年らしい。
牧水は「歌道」に専念し清貧の一生を過ごしたと言われているが、
祖父が医者だったため超頭が良かったと思われる。
牧水は早稲田大学英文科卒らしい。
ちなみに、僕の兄は医者。<(`^´)>エッヘン
僕も頭が良いはずなのですが・・・
文学などさっぱりだ。``r(^^;)ポリポリ
若山牧水の歌をほとんど知らない。
若山牧水の生家と若山牧水記念館は隣り合わせになっているのですが
この両方とも見学するのに入館料がいるという。
入ってみたかったが、これから行く百済の里は
入館料750円いるというので、牧水記念館はまたにしよう。(^^ゞ
写真を一枚撮って、牧水生家を後にした。
さて、国道446から国道388を上っていくと、小さな村に出てくる。
その村の小高いところに百済の里の「西の正倉院」が見える。
おー、あれが西の正倉院かぁ。
バイクを止めて、早速チケット売場へ。
「すみません、大人一枚」 (僕)
「大人一枚ね。750円です。
何処から来られたんですか?」 (おじさん)
「都城です」 (僕)
「えらい遠い所から来られたんですね」 (おじさん)
そうねぇ、ここまでの距離が都城から180kmだから、結構あるよね。
そう思いながら、中へ入った。
中へ入ると、西の正倉院の中庭に出てくる。
おーーぉ、これは奈良にある正倉院に本当にそっくりだ。
階段を上がり、玄関まで来ると、これ以降、中は「土足禁止」となっていた。
へーぇ、靴を脱ぐのか・・。
中に入ると、プーンと木の香りが漂ってくる。
なんかすごいリッチなお風呂に入ったような臭いですよ。
わかるかなぁ。
中はこんな感じです。
校倉作り、初めて中を見ることが出来て、感激。
でも、夏は涼しく、冬は暖かいと聞いていたが
なんとなく暑いように感じた。
やはり現代はクーラーに慣れすぎてしまっているのかもしれませんね。
この正倉院は右の部屋には銅鏡が飾ってあり、左の部屋には南郷村の祭り
「師走祭り」がVTRやパネルで紹介されているみたいだ。
まずは右の部屋から。。。
銅鏡がどれくらいだろうか。
すごい数の銅鏡が展示されています。
唐式鏡17面、藤原時代の鏡3面、室町時代以降の鏡9面。
全部で29面展示してある。
全部で本物。
これは南郷村にある神門神社に収蔵されていた物。
この銅鏡の中に、奈良の正倉院に収蔵されている銅鏡と同一の物が有ることから
南郷村にも正倉院を建て、そこに収蔵しようと思ったらしいのだ。
その事がパネルに書いてあった。
でも、建てるのに、かなり問題の壁があったらしいですね。
何と言っても、設計図を貸して頂くのに、何回も足を運んで「村の熱意」を伝えたとか。
その苦労は大変な物だったみたいです。
準備に5年も要したのはそのためらしいです。
銅鏡の写真を撮っても良いのか分からなかったので
写真を撮るのを控えましたが、一枚欲しいくらいでした。
お土産でレプリカを売ってくれれば良いのになぁ。
と思うのは私だけではないようですね。
と言うのも、「昔から日本人は鏡が大好きだった」とパネルにて紹介されていたからです。
確かにそうかもしれませんね。
僕が高校時代、男子校だったにも関わらず
みんな手鏡をもって、チラチラ自分の髪型とかチェックしていたもの・・・。
さて、左の部屋に入ると、センサーが感知して、目の前のスクリーンに
「師走祭り」のVTRが17分間流れるようになっていた。
17分間、祭りの様子を見ていたが、何ともまぁ、大変なお祭り。
百済の王族の親子が年に一度ご対面するという祭りなのだが
その息子のほうが、ここから90km離れた木城町に祭られているという。
そこからご神体をもちだして9泊10日かけて
父が祭られている南郷村の神門神社まで運んで
親子の再会をする祭りなのだそうだ。
でも昔は9泊10日だったが、今は車の移動で2泊3日に短縮されたらしい。
ヾ(・・;)ォィォィ、文明の発達と共にお祭りも変化するのぉ。
これって神事じゃないのかなぁ。
って思いながら見ていました。
でも、大変勉強になるVTRでした。
内部も見終わったので、その百済の王族が祭られている
神門神社に足を運んでみました。
これがそれです。
だいぶ古い神社ですよね。
ここは1661年頃に建てられたもので、今は国指定重要文化財だそうです。
ここが、その「師走祭り」のクライマックス、父と子の再会が行われる場所。
神門神社を散策していると、何処からか
「アニョハセヨ」という言葉が聞こえてきた。
ほーー、ここら辺に韓国の方が在住されているのか・・・。
どこかなぁ・・・
辺りを見渡すと、神門神社の下の方に「百済の館」が見えた。
おそらくそこから聞こえてきたのだろう。
それで、「百済の館」に足を運んでみた。
ここは「西の正倉院」で買ったチケットを持っていなければ入れない。
受付にかわいいおねえちゃんがいた。
この人が韓国の方かなぁ。
「アニョハセヨ!」と言うかと思えば、黙ったままチケットを受け取った。
あれ?ちがったのかなぁ。
ま、いいかぁ。(^^ゞ
中は左右に分かれており向かって左側は「日本と百済の関係」を紹介
右側は「美術品」が飾ってあった。
左側の部屋の正面には、デーーーーーンっと、王族が着ていた衣装が飾ってある。
おーーぉ、なんか僕のお髭と一緒だぁ。
しかしながら、やはりパネルなどを見ると、
昔の日本は、かなり百済の影響を受けていたんですね。
仏像などの写真を比べてみると、百済の物と、日本の物とほとんど一緒でしたよ。
百済というと、今の韓国。
昔も今も近い国だったんですね。
さて、百済の館を出て
このほかに、「ここが南郷村だぁ!」と言う物があるかどうかを
探すために村を散策したが、何もなさそうでした。
そこで村のお爺ちゃんに何かあるか聞いてみたが
丘の上から南郷村を眺めるのはどうか・・・。と言う。
それで丘の方に上ってみた。
丘の上から南郷村がちょこっと眺められる。
本当は展望台があるのだが、何故かカップルが占領していて
その場所にすら行くことが出来ませんでした。
だから、草むらの中から写真を一枚パチリ。
どうですか?
すごい小さな村だと思いませんか?
こんな所に百済の王朝が逃げてきたんですよね。すごいなぁ。
さぁ、もう帰ろうかなぁ。。。
充分南郷村も堪能できたことだし。。。
と言うことで、来た道を引き返した。
宮崎市まで下ってきた時はもう夕方の4時だった。
あーー腹減った。
そう言えばまだ今日は一食も飯を食べてないんだよなぁ。
なぜかツーリングの時って、楽しいあまり食するのを忘れてしまうのよね。
っていうか、ツーリング中ってあまりお腹すかないんですよね。
それだけ夢中ってことでしょうかね。(^^ゞ
飯はどうしようか・・・と迷ったところ、
宮崎の有名なラーメン屋さんの近くを通ったので、寄ってみることにした。
ここは「ラーメン萬」
いつもは長蛇の列をなしているラーメン萬も、夕方4時には空いていた。
早速、とんこつラーメン、餃子、ライス小を頼んだ。
出てきた物がこれ。これで1000円(消費税込み)。
やはり、いつも長蛇の列が出来るほどだね。
味はすごく美味しいよ。
麺はちょい硬め。
スープは、もちろん豚骨。
でも、しつこくないし、どろどろしてないし、油っこくないです。
全部飲み干してしまいました。
餃子は普通かな。(^^ゞ
食べ終わる頃、友達にメールを。。。
「いま宮崎なんだけど。」 (僕)
「ざんねんだなぁ。いま仕事中」 (友達)
「そ、そうだよね」 (僕)
と言うことで、都城に帰ることにした。
しかしながら、足が痛い。
もう走行距離300kmも越えている。
125ccのオフロードトレール車って、乗っているポジションが窮屈。
特に膝の角度が狭いため、そこに相当負担が掛かっている。
そのため、そこから疲れが出てくるのだ。
しかも、長崎キャンプツーリングの疲れがまだとれていないらしく
今までないない膝の痛みと、お尻のヒリヒリ感。
何とか都城にたどり着くことが出来たが、
ほとんど立って運転しましたよ。
しばらくTS125Rでのツーリングは良いかな?って感じでした。
次回はバルカンにしよぉーーー。
今回のツーリングは走行距離370km。
燃費は28.17km/Lでした。
なんかTS125Rって、ツーリング中の燃費、いいよね。(^^)
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